• Kumi Umuyashiki

Meditation - 瞑想

2021年1月2日。

今日は午前11時から、Steve Rossの瞑想(Meditatin) のクラスでした。


Steve Ross はロサンゼルス、サンタモニカにあったMaha Yogaという自身のヨガスタジオで、長い間ファンキーなヨガを教えていたヨガの先生です。

どれだけファンキーかというと、これを見ればわかるかもしれません。☞ これ


1990年代とか2000年代のヨガは、今よりもなんというか、遊び心があった(西洋と日本での話ですが)。

Steveはロックンロールとかファンクミュージックをかけて行うフローヨガを教えていた先生。彼はヨギーになる前はミュージシャン(ギターリスト)で、Fleetwood Mac や The Beach Boys その他多くの著名なミュージシャンと世界各国ツアーをしていた人でした。それがそんなツアーの最中に、とあるヨギーに出会ったことでヨガの世界に惹きつけられ、ギターの仕事をとっとと辞めて、インドでヨガの修行をする僧侶となりました。

でも、そのうちお金がなくなってしまい、アメリカに帰国。帰ってからは、ファンキーな音楽をかけながらハリウッド俳優やモデルにヨガを教える人になったのです。

Steveは数年前にスタジオをクローズし、表立って教えるのを止めてしまいました。今はヨガは教えておらず、主に瞑想しか教えていないのではなかろうか・・・。


私は2009年の3月に、日本で綿本彰先生とSteve Rossがコラボで行ったティーチャートレーニングの通訳をしたのをきっかけに、Steveに師事するようになりました。

ヨガは時々、ちょっとしたミスティック(神秘的)な要素を持っていたりすることがあるのですが、Steve Rossは、言葉じゃ説明できないが、そういうミスティックでマジカル(魔法みたい)な質を持っていて、彼のそばにいた5日間で、色々非現実的な不思議な体験をしました。

翌年、彼のサンタモニカの自宅に瞑想しに遊びに行き(←これって遊びに行くっていうのか!)、その後も10年間、Steveとはメールとかメッセンジャーで繋がりながら、色々教えを頂いていました。


今の私は正直なところ、チャクラとか、ナディ(経絡)とか、解脱とか、転生とか、enlightenment(目覚める)とか、そういうことに、あまり、興味がありません。

でも私にも一生懸命そういう修行みたいな取り組み方で、ヨガをやっている時期がありました。そんな風に力んで真剣だった頃、もう一度Steveに会いに行こうと何度か試みたけれど、必ず何か障害があって実現できないでいました。


そして10年という年月が経ち・・・そのうち、会えなくても、ま、いいか、となっていった。


私はただ、心が落ち着くから瞑想するってくらいに、力み加減が緩んでいった。

(年も取ったのだ)。


そんな感じで10年過ぎたのですが、去年の年末Steveから、Zoomでの瞑想のクラスに、突然招待されました。

彼に「それはいつですか?」と、聞いても「知らない」としか回答が来なくって(笑)、いつかわからないけど、そりゃ絶対参加しますって答えたら、アメリカ時間の元旦だって連絡が、前々日くらいに別の人から送られてきました。それは日本の1月2日に当たる。


そんな流れで今日、私は10年ぶりに、リアルタイムでSteveの話を聞き、瞑想のガイドをしてもらいました。

ずっとずっと会いたかった先生だけれど、ただ普通な感じだった。

今まで10年の間に何度も何度も教えてもらったことを、喋っていた。アメリカ人の参加者は元気いっぱいで深刻な雰囲気なく、砕けた感じで、すべてがリラックスしていた。


だけど、一旦みんなで喋るのを止めて、Steveのガイドを聞きながら座り始めたら、割とすぐに涙がぽろぽろ、ぽろぽろ、悲しくなのに、ぽろぽろ、ぽろぽろ。彼の言っている話の内容なのじゃなくって、何かその声と細胞が共鳴するみたいなのね。音の持つ力みたいに。


1時間のクラスで、色々その中に対話も入ったりしたけど、何かやっぱりちょっと不思議だった。でもその不思議さにとらわれることなく、オープンな状態でいられる自分には、昔よりも何というか、広がりがあるような気がしたのです。


この世の中には、確実なものはひとつもなくて、唯一確実なのは、「確実なものはひとつもない」ということだけ。


静かに座っていない時(瞑想をしていない時)は、そんな不確実な世界で安定を求めて、私は足場を作ろうとする。でも、どれだけ足場を作ったって、不確実はどこまでも、不確実。すべては常に、変化していく。


"Life is what happens to you while you're busy making other plans".

(人生とは、他の何かを計画しているとき起きる別の出来事だ)

John Lennonの言葉。


だけど静かに座った時に、その「人生の不確実さの中にリラックスする」ことで、安定が生まれてきたりする。

不確実さをどうにかしようとするのを止めたときに、本当に大丈夫な感覚が、起こってきたりする。


これって、パラドックスだ。


私たちが一生懸命追い求めるものは、追えば追うほど捕まらないけれど、追いかけるのを止めた時に、追い求めていたものはここにあったと、気がついたりする。


羽があることを知らないでいた鳥が、崖から飛び立った瞬間に、飛べるじゃないか、自由じゃないか、という感覚になるみたいな。


ということを、考えていたら、そういえば娘が昔、「ゴキブリって羽があるけど、自分で羽があるの知らないらしよ・・・」と教えてくれたことを思い出して・・・。

ゴキブリもかよ~~って、ちょっとドン引きな展開になったけど。


1月2日は、良い日だった。2021年、素敵なスタートだった。

Steveのクラスは、この先もしばらく続く予定です。




<おまけ>


童謡が好きだ。

小さい頃、「泣き虫神様」って歌が好きだった。

なんて斬新な歌だろう。


涙が甘いカラフルなドロップスになって、

大人や子どもが食べるんだったら、

涙って悪いもんじゃないな~って、子どもの頃に思ったこと。

ふと思い出しました。



むかし なきむしかみさまが

あさやけ みて ないて

ゆうやけ みて ないて

まっかな なみだが ぽろん ぽろん

きいろい なみだが ぽろん ぽろん

それが せかいじゅうに ちらばって

いまでは ドロップス

こどもが なめます ぺろん ぺろん

おとなが なめます ぺろん ぺろん


むかし なきむしかみさまが

かなしくても ないて

うれしくても ないて

すっぱい なみだが ぽろん ぽろん

あまい なみだが ぽろん ぽろん

それが せかいじゅうに ちらばって

いまでは ドロップス

こどもが たべます ちゅるん ちゅるん

おとなが たべます ちゅるん ちゅるん

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