• Kumi Umuyashiki

言葉を形で感じること

7月ももう数日で終わろうとしています。


5月末から毎週土曜に行ってきた、

Paul Grilley先生とJoe Barnett先生のオンライン陰ヨガ通訳。


ちょうどひと月前の今頃、

わたしはまだこのオンライン通訳にちっとも慣れなくて、

ちょっと悩んでいたりしました。


「この新しい環境のアルゴリズムを、まだ充分に獲得していないと感じる仕事」。


そんな風に感じていたひと月前。


7月の半ばくらいから、

もしかしたらアルゴリズムは機能し始めたかもしれない、という感覚になってきました。


人の脳は、とてもおもしろいなと思った経験。


言葉は「形」として体全体で感じる方が、

言語として耳だけで聞くよりも、

よっぽど良いんだということに、改めて気がついた。


だいたい記憶力って学生の頃からちっともなかった。

通訳って、先生が言ってることを記憶しておかなきゃならなくて、

言葉としてそれを記憶しようって思った瞬間に、全部、すぐに忘れる。

というか、記憶さえもできない。


でも、

先生が言っていることを、

体現しながら聞くと、割りと全部覚えている。

運動能力を使って言語を理解しておく、みたいな。

またその時、

「自分がどこを見るているか」、ということも、大事だったりする。

画面の先生を見てない方が良かったりする。

窓の外の風景を見ながら、

言葉を形みたいに感じ取って、

同時に体でそれをちょっと具現化させておくと、

そりゃまあよく理解できるし記憶できる。


だからわたしの場合は、

言葉を聞くときは、

同時に体を動かしたほうが良いのだと感じているのです。


そんなわたしの"tactics(戦略)"もありますが、

先生たちが、オンライン通訳を介することに、

かなり慣れてきてくださったのも、助けになっています。


それと、緊張について。

通訳は緊張したり、疑ったり、不安になったりすると、

パフォーマンスがかなり悪くなってしまいます。


ちょっとたまたま、

内受容感覚に敏感な人は、不安になりがちって記事を、最近読んだ。

敏感というのが適切かはわからないけど、

身体の中で起こっている感覚を、

その通りに認識せずに、歪んで認識してしまうので、

無駄に不安になってしまうらしいのですね・・・。 心臓ドキドキしてきたら、そのドキドキで余計に不安になるみたいに!


だから、

あ、不安になりそうって感じたら、

掌をマッサージしたり、つねったりすることにしたのです。

または、

外で鳴いてる鳥の声に耳を傾けたりすると、

不安がすっと消えていく・・・。

ドキドキしている心臓の感覚とか、

喉が渇いていくという内的な感覚じゃなくって、

外から与えられている刺激(揉むとか、つねるとか、鳥の声とか)に意識を向けると、

その感覚に乗るようにして、

自分のセンターに戻ってこれるから、落ち着きを取り戻せる。

(陰ヨガの"余韻"を感じる箇所も、実はそういうことなのかもしれない)。


内的な感覚への繋がり方や、

外的な感覚に意識を向けることが、

理性できちんと判断することに影響を与えているのかもしれないな~と・・・。

そんな発見があったオンライン通訳、2ヶ月目でした。


陰ヨガの原型についてのクラス

ところで、

ポール・グリリー先生の陰ヨガの説明は、

いつも理路整然としていて論理的でとてもわかりやすい。

彼が「科学者のように」というのは、なるほど、と思う。

原型のバリエーションの説明も、とてもシステマチックです。


ジョー・バーネット先生はその人そのものが陰ヨガ。

わたしは彼といると、とてもリラックスします。


最後になりますが、

コロナの時代で実際に会って練習ができないから、

ジョーは、"Be patient" と言っていた。

"Patient" とは、我慢強くある、というような意味があって、

わたしは通訳で、「我慢強くありましょう」みたいな風に訳したのです。


でも、ずっとひっかかっていた。


我慢強くあるっていうのには、抵抗感があった。

どう言ったら良いのかな・・・って、時々考えていました。


今日、ふと瞑想の中で、

「気長にいよう」って言葉が浮かんできたのです。


なかなか人生が思い通りに運ばないけど、

Be patient ... 気長にいよう。

その方が、しっくりくる。

意訳だけど。

「我慢強くあれ」は、戦っている感があるけど、

「気長にいましょう」は、

流れに任せて待っていようねって感じがして、

良いな、と思います。


38回の閲覧
 

©2019 by シャクティモンディヨガ